#Gloomlogue (晴海アイランド トリトンスクエア)

#Gloomlogue (晴海アイランド トリトンスクエア)

@4日前
#gloomlogue 

『武士の誕生』読了


前九年後三年の役後に坂東に在地化した平氏に対して、近畿に扶植して摂関家に接近した河内源氏が受領として公権に立ちながら、近親憎悪的に利害対立する平氏の調停者として私的主従関係を結んでいき「棟梁」として武士の総攬者になっていく。いわれてみれば有力御家人とか守護とか北条氏を筆頭に平氏が多いしな。

幕府が私的在地領主(平氏)と公権(朝廷)との橋渡し的な調停機関として制度化していくことで武士内部の調停者から武士の権益を法の内部に調整していくというふうに役割が変わっていくことで「棟梁」としての源氏は必須でなくなってしまったということか。

400年かけて奥羽を仮想的な外縁として戦争していく過程で王統の外延たる源平(特に平氏)が軍事官僚あるいは武芸者として対奥羽の前衛である坂東に在庁官人として扶植していくことで開発領主となっていったのが武士の原型と。

中学くらいで習った墾田永年私財法なんかの以後に自営農民が武装化して武士となったという説明は、農民のなかから自生的に発生した武士像というか、朝廷対幕府の構図を貴族対民衆という現代的な革命理念の発露としてみたいという欲求からくる研究史的事情が背景であるみたい。

壬申の乱とかも近江朝廷の大友皇子に対して地方豪族が代表する民衆の蜂起の代表者たる大海人皇子という構図になったりするのも、それね。西欧的な市民革命にしろ中国的な革命思想にせよ、なんかそういうものを日本に再発見したかったんだろうね。

地味ながら史学も動いているというお話。いつ教科書に載るのかもわからんが。

@5日前

Moving by uRavator

引越します。

@1週間前

【号外】祝祭、供犠、セレソン

日本代表のことを書こうとおもいつつ筆の走るまま寄り道してきたら、準決勝のブラジル対ドイツの試合が大変なことになったので、ちょっと号外。

試合結果は1ー7でブラジルの負け。

前半でドイツが5点を獲ったので実質的には30分ほどで勝負はついたわけなんだけれども、なかなか競技的な面から説明するのが難しい試合でした。コロンビアとの準々決勝でネイマールが脊椎骨折の大怪我を負ったり、チアゴ・シウバが不要な黄色を貰って準決勝を出場停止になったりと、試合前に攻守の要を失って確かにディスアドヴァンテージが多い状況ではあったわけだけれども、ソレはソレ、曲がりなりにもセレソン・ブラジレイラなわけだから、相手がドイツとはいえそんなに極端な力の差が生じるということは考えにくいなと。

矢張りね、母国開催のワールドカップでブラジル代表が試合をするのって、ちょっと正気の人間には耐え難い環境なんじゃないかと想う。64年前のマラカナッソのときにどうだったかなんて知る由もないけれど、決勝でウルグアイに負けたときにTVで観戦していたひとが心臓発作で亡くなったりとか、ブラジル人のサッカーに対する感覚ってプライマリな祝祭的な情念に近くて、ちょっと理解を超えている。

ブラジルにおけるサッカーとはフォークロアの延長であって、セレソンは謂わば供犠なのではないか。

準々決勝でチアゴ・シウバが黄色をを貰ったとき、ちょっとおかしいなと感じたんですよね。チアゴ・シウバってスコラーリからキャプテンを任せられてるように冷静さが光るクレバーなタイプのセンターバックで、コーナーキックで上がったあとキーパーのゴールキックを奪おうとして死角からチャージしたのが警告に値するほどのファウルかどうかは微妙だとは想うんだけれども、累積で1枚貰ってるディフェンダーがどうしてもしなきゃいけないプレーだったかというと、ちょっとシウバっぽくないなと、そういう印象があった。顔つきもまるで負け試合を戦ってるような鬼気迫る感じで。

ブラジルはネイマールが得点を重ねたりして勝ち上がってるけど試合内容はそんなに良くないし、出ている選手には多分自分たちが強いという感覚があんまりなかったんじゃないかな。

多分、負ける恐怖に押し潰されかけてたんだと想う。それは競技的な負けというより祝祭に供されたサクリファイスとして神に見放されるという恐怖、負けるということは供犠が拒絶されるに等しいという恐怖。恐らく、神にもっとも愛されていた(と彼らに信じさせていた)のはネイマールの存在であって、彼を怪我で失った不安というのはただ競技的な戦力の損失という以上の危機だったんじゃないかと。

7点を獲られて負けるというのはセレソンの歴史にもないそうだけれども、よく似た光景、よく似た表情を一度だけみたことがある。それは74年の西ドイツ大会、トータルフットボールで大会を席巻したクライフのオランダとの試合。もちろん実際そのときにみたわけではなく録画だったけれども、その前回の70年大会にブラジルは円熟期のペレをはじめトスタン、リベリーノ、ジェルソン、ジャイルジーニョと5人の“10番”を同時起用して全勝優勝した。74年には世代交代が進んで5人の“10番”の内残ったのはリベリーノだけだったんだけれども、オランダのプレッシングとオフサイドトラップにまったく歯が立たなかったというか、異質すぎてどう戦っていいのか戸惑っている内に点を獲られて、それで気持ちが切れちゃって最後は退場者まで出して惨敗。ドイツとの準決勝をみててそのときのセレソンの心が折れちゃった表情を連想したんですよね。

ペレが神様といわれるのは、単純に選手として優れていたというだけではなくて、セレソンという供犠に供されてかつワールドカップという通過儀礼を生還した、そういう完成されたサクリファイスとしての聖性を帯びた存在だからではないのかなと、少なくともブラジル人にとってはそうなんじゃないかと。またその聖性を全うすべく生きているというところにペレの特異さがあり、供犠と復活はキリスト教的なモチーフでもあるんだけれども、そういうカソリック的な禁欲的聖性というより、バイアグラの広告にでたりとかそういう生産力や豊穣さへの衒いのなさ、もっとアルカイックな祝祭的情念への素直な賛美みたいなところのブラジル的信仰のエートスの発露がセレソンでありワールドカップなんだとおもうんです。

まだサッカーがヨーロッパのものであり白人のものでもあった50年代に、ブラジルはペレやガリンシャといった黒人選手を起用することによってワールドカップを優勝した。ブラジルは南米でもアフリカ系住民の多い国であって、アフロ的なものとアマゾン的なものとカソリシズムが混淆したブラジル的アイデンティティに対する神の祝福として、それはブラジルにだけ与えられる福音として響いたのではないかなとおもうのです。

ワールドカップの優勝はブラジル人にとってはブラジル的なものが神に愛されていることを確認するための通過儀礼でありセレソンはその供犠である。セレソンはただ強いだけではなくて神に愛される存在としての儀礼的演技を全うしなければならず、それは端的には70年のセレソンの再現として演じられなければならない。だから神の愛の現世的顕現に予定されたキリストとしてのペレ的10番がつねに必要とされる。それが今回の場合はネイマールだったわけで、実際怪我するまでのネイマールはその役回りを懸命に全うしていたとおもうんです。そしてそれゆえに彼が負傷して彼のワールドカップが終わってしまったときに、セレソンの選手たちは自分たちは供犠として拒絶されたような、神に見放されたような不安を感じたんじゃないか、自分たちは祝福され予定されたセレソンではなかったのではないかという不安に襲われたんじゃないか、そしてとうとうドイツに2点目を獲られた辺りでそのスポーツと言うには余りに大きすぎる重荷に心が折れてしまった、そんな空想を巡らせたくなるようなブラジルの崩れ方、折れ方だった。

よく“ブラジルらしい”パスとかドリブルとか、そういう表現を実況とかで聞きますけども、例えばブラジルがバルセロナ式のポゼッションサッカーをやっているという印象はなくて、結果としてポゼッション率は高いけれども、そういう戦術としてやっているわけではない。彼らは“フッチバル・アルテ”(サッカーの芸術)という表現をするけれど、ブラジル選手のプレイは本質はそれぞれが得意な位置で自分が得意なプレイをする、タスクという考え方はあまりない。ある選手に「きみはこれこれこういう左サイドバックをやりなさい」というタスクを課すのではなく、監督がイメージするような“左サイドバック”に一番近いプレイが得意な選手を起用する、特にセレソンの場合はその傾向が顕著になる。だからセレソンの監督はヨーロッパ的な感覚で言う戦術家ではなくて“セレクター”という表現が相応しい。

“ブラジルらしさ”というのは、才能に溢れる選手がもっとも得意なプレイを試合という舞台で解放する、その演舞にあるのであって、さらにテクニカルな面から“ブラジルらしさ”を描写すればブラジル特有の美というのは、たとえばボールに触らずに肩の動き、ステップ、身体の向き、視線など肉体全体をつかったフェイントにこそある。おなじ南米でもアルゼンチン人のドリブルはものすごくボールタッチが多い。マラドーナの5人抜きやメッシのドリブルなんかは細かいボールタッチで方向転換したりリズムを少しずらしたりしながらボールを運ぶのに対し、ブラジル人、たとえばロナウジーニョやロナウドのドリブルは身体全体を使ったりボールを跨いだりしながらフェイントをかけていく。ぼくの知る限りもっとも美しい“ブラジルらしい”プレイは70年にウルグアイと対戦したときに縦パスに反応して裏に抜け出したペレがボールに一切触ることなく跨いだだけでキーパーを交わして放ったシュートだった。惜しくもボールはぎりぎりでゴールを外れたけれども。“ブラジルらしさ”というのはパスやドリブルのように「いかにボールを扱ったか」というプレイ以上に、肉体全体でいかに表現し切ったか、という点にあり、その意味でまさしく舞踏的であり、そこにブラジルのサッカーはまさしくカーニバル的、祝祭的、プライマリなものの解放としての儀礼であり、そこに余人の感覚をこえる熱狂がある。こういうふうにでも考えなければ、今回のセレソンの崩壊はメンタル面の問題だよねプレッシャーが強すぎたねという表現では説明し難い。

94年の優勝以降、基本的にブラジルもヨーロッパ的、競技的、スポーツ的な志向を強めているけれども、今回のように自国開催ということになると矢張りその儀礼的性格が表面化するのかなと。ネイマールひとりに“ブラジル的”なるものを背負わさざるを得なかったところに今大会のセレソンの脆さがあったのかもしれない。

(この稿了)

@2週間前
#ワールドカップ #ブラジル代表 #セレソン #ブラジルw杯 #ネイマール 
@2週間前

阿蘭陀地味やねん

スペインは今回初戦にいきなり1-5で大敗したけどな、やっぱりそこにはオランダに物凄い工夫があったと思うねん、おっちゃんは。

EURO2008以降、世界中の代表チームにとってスペインにどうやって勝つかというのは、少なくともW杯で優勝を目指すようなチームにとってはずっと大きな宿題やったとおもうねん。スペインは、例えば一時期のフランスのようにジダンみたいなごっついスペシャルワンがおるチームではなくて、言うてみればスペイン式みたいなもので勝ってきたとおもうねん。で、スペイン式というのは限りなくバルセロナ式やな。メッシがいる分だけバルセロナの方がごっついんちゃうか。このバルセロナ式をどうやって破るかっちゅうのに物凄い工夫がいるわけやな。

あとな、今回のオランダはこの20年間でいっちゃん地味やねん。華のある選手ゆうたらロッベンファンペルシ、もうピーク過ぎたけどスナイデルはんくらいのもんで、あとはあんま聞いたことあらへん選手ばっかや。デヨングとか別な意味で派手やけどな。面子だけみたら優勝する感じしないねん。ここもひと工夫がいるとこっちゅうわけや。

オランダ代表の監督はファンハールはん言うて、まぁサッカーファンにはお馴染みの名将というか名物監督の一人や。バルセロナの監督もやってはったけど、この人は自他共に認める頑固者で評判はあんまりよろしなかったな。まぁこの人の頑固は筋金入りやからあっちこっちでぶつかっとるけど。

いやほんまおっちゃん白状すると、今回のオランダみてファンハールはんがこんな采配するようになったんかと吃驚してもうてん。このおっさん、現役時代はパッとせえへんかったらしいがアヤックスアムステルダムの監督やらはってCL優勝したりして90年代の全盛期を築いてんやけど、同じオランダ人やからサイドアタックとかボールポゼッションとかクライフ流とコンセプトが共通してるところも多いんやけど、なんちゅうかもうちょっと教条的というか型に嵌った感じやったな。

システム的には3ー4ー3、もうちょいデテールに拘るなら3ー3ー3ー1と言うた方が近いかもしれん。サイドバックは置かんで3バックの両サイドに走れて1対1が強いサイドバックもできるタイプのセンターバックを置いて真ん中にカバーリングとフィードの巧いリベロタイプの選手置いてたな。当時3バックのの真ん中をやってたのは現代表コーチのブリントや。息子も代表入って試合でとるが左足のキックのの精度が高くてなかなかええ選手やな、顔もおとんソックリやし。

中盤の底はフォアリベロっぽい選手を置いて守備のときはディフェンスラインに入ってセンターバックやったりしてバランスをとってた。ダブルリベロの4バックともいえるな。ここは晩年のライカールトとかブリントがやったりしとった。その両脇インサイドハーフに運動量のある選手を入れる。若い頃のセードルフとかダーヴィッツとか、ここは両サイドのカバーリングとウィングのサポートが仕事や。

ファンハールのチームの崩しは基本両ウィングの突破が殆どで、リベロ(フォアリベロ)からのロングフィードかインサイドハーフからサイド一杯に開いたウィングが足元にパスをもらってそこから1対1で縦に抜け出してクロスっちゅうのがお決まりのパターンやった。センタフォワードには背が高くてポストプレーの巧い選手を入れて、トップ下もパサーっちゅうよりシャドーストライカータイプを置いてこぼれ球を狙わすわけや。ちなみに当時のセンターフォワードはこれも現代表コーチのクライファートやった。ファンハールっちゅうひとは基本的に身内びいきやねん。当時のウィングは「タッチラインの粉がスパイクに付くとこでプレイせえ」ゆわれてたらしいな。ピッチ一杯に選手が等間隔で広がって相手のゾーンを広げておくから、どんどんそこでパスは回るし、ウィングはオーベルマウスフィニディ・ジョージみたいな足が速くてドリブル巧い選手がいたから形は一杯作れんねん。せやけどクライフ流っちゅうかバルセロナ式と違うんは、みんなあんまりポジション崩さへんねん。機械みたいに速く正確にボール運ぶんやけど、毎回形が同じやから相手は慣れてしまうねん。ファンハールはバルセロナに移ってからも同じサッカーやろうとしてアヤックスから大量に選手を引き抜いたけど、典型的に選手を型に嵌めるタイプの監督さんやった。アヤックスのピークがわりかし短かったのも、選手が流出したせいもあったかもしれんけど、ファンハールのやり方自体がすぐに研究され尽くしてしまったせいもあるんちゃうかなあ。バルセロナで我流押し通そうとしてマシア出身の選手を露骨に排除してオランダ人選手を重宝したりしたんでファンハールの印象はあんまりよくなかったわ。バルセロナ解任されたあともバイエルンとかでも頑固で教条的な性格は変わらへんかったようで大体選手やなクラブと衝突して解任っちゅうパターンが多かったらしいで。

まぁせやからな、そういうファンハールはんが監督やから相手や持ち駒にあんまり関係なくチーム作りしてくるんやろうと思うとったら、それが全然違ったんでおっちゃん驚いてしまったというわけなんや。

(この稿、了。続く)

@3週間前
AmarantheってJapaneseアニソンを凄く質が高い演奏であんまり難しく考えないで勢いでやり切るみたいな感じで結構好き。 ♫ Amarantheの「Invincible」  | #SoundTracking アプリから

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@3週間前
#soundtracking 
pedalfar:

FIFA 2014 (by DIO@Taiwan)

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@3週間前・リアクション263件

Moving(H2H mix) by uRavator

あと1週間

@5日前

Moving(BIG edit) by uRavator

引き続き引越しちう

@6日前

ARCH ENEMY - No More Regrets (OFFICIAL VIDEO) - YouTube 

@1週間前
#archenemy #heavy metal 
@2週間前

My new sounds:

@2週間前

伯剌西爾世界杯見聞

あんな、おっちゃんゆうとくぞ。

まずな、「自分たちのサッカーをするだけです」ゆうのやめとき。

「自分たちのサッカーをすると勝てる」っちゅう命題は論理的やないやろ?まさか「勝つか負けるかだはなく自分らしいサッカーができたか」というわけでもないやろし。

「自分たちのサッカー」してても負けるときは負けるし勝つときは勝つ、ようは勝つ確率が上がりそうなデテールの積み重ねやとおっちゃんはおもうんや。

勝ったサッカーの積み重ねが「自分たちのサッカーやとおもうねん。

せやけどスペインやバルセロナをみてみいゆうひとがおるかもしれん。せやけどな、アレはクライフはんっちゅう空飛ぶオランダ人がこさえたマシアっちゅうバルセロナの下部組織から手塩にかけられて育てられた選手が代表でも中心になってるから、アレがいっちゃん勝てる形やったんや。今回はあかんかったけどな。

ドイツかて94、98に惨敗して、もう体力任せではあかんゆうて、育成制度見直したり移民の子にも門戸開いたりしたのかわいまようやっと開花しとるわけやし。

強豪といわれるチームには必ず黄金時代みたいがあんねん。ブラジルなら70年のペレ、オランダなら74年のクライフのときみたいな感じにな。「ああゆうふうにすれば勝てる」というベンチマークっちゅうヤツや。

「自分らしさ」なんちゅうもんは一朝一夕にわかるもんやないし、勝ちパターンの記憶の積み重ねから生まれるもんちゃうんかなぁとおっちゃんは思うんよ。

ついでにいうとくとな、スペインが今回あかんかったのは、理由は仰山あるんやろうけど、おっちゃんはこう思うねん。

バルセロナ風味のポゼッションサッカーっちゅうのは、みんなが思うてるようなパスが本質ちゃうねん。どっちかっちゅうとポジショニングサッカーっちゅう方がシックリくんねん、おっちゃん。

「パスを回す」っちゅうとどうしてもボールをキープするイメージあるけどな、シャビやイニエスタとかはマーカーがついてくかマーク引き渡すか微妙な距離をちょこっとだけ動いて中途半端なポジションでパス受けるのが抜群に巧いんや。

中途半端なポジションやから囲まれてるけどつき切れていない、ほんの一瞬やけどな。せやからすぐディフェンスはポジション修正するんやけど、そんときにはまた次の選手が中途半端なとこに動いてまたパスを引き出す、またズレる、この繰り返しにイニエスタがちょこっとドリブル混ぜたりする、詰まったらブスケッツがいつもバックパス受けれるポジションとっとるからそこに戻す、これを延々やられるとどうしてもバランスが崩れてしまう、そこにメッシとかアウベスみたいな飛び道具が絡んでくるとディフェンスにしてみたら「どうせいっちゅうんじゃい‼︎」ゆう状態にさせられてしまうわけやな。こういう長い距離やなくてポジションをちょこっとづつズラしながはパスを出し入れする練習を子供の頃からするわけや。技術というよりリズムやな多分。

今大会、スペインは惨敗やったからいろんなひとが分析しとるんやろうけど、ひとつには高温多湿の環境のせいで止まった状態でパスを受け取るのが目立った気がするなあ。抑もバルセロナやマドリーの選手はCLとか優勝争いがもつれたりして消耗しとるしな。まぁでもおっちゃん、それだけやない気がすんねん。

(この稿、了。続く)

@3週間前・リアクション3件
#ワールドカップ #スペイン代表 #サッカー #サッカー日本代表 #日本代表 
pedalfar:

FIFA 2014 (by DIO@Taiwan)

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@3週間前・リアクション178件